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大阪教育大学×SPLYZA 2024年度共同研究 成果発表抜粋レポート

大阪教育大学×SPLYZA 2024年度共同研究 成果発表抜粋レポート

映像分析 共同研究 体育 ICT 高校生

この度令和6年度共同研究の成果報告として、2025年8月27日(水)に日本体育大学で開催された日本体育・スポーツ・健康学会第75回学会大会にて発表(題目:高校入学年次の柔道におけるICT導入による「分析」を通じた対話的な学びの実践研究:映像分析ツールSPLYZA Teamsを活用した運動の言語化とコミュニケーションの活性化に着目して)を行いました。本記事ではその発表内容を抜粋してご紹介します。

体育・保健体育の授業におけるICT活用の実態として、2021年に文部科学省が行った大規模なインターネット調査の結果によると、活用領域に偏りがあり、特に武道での活用は10%程度にとどまっていることがわかります。体育においては技能向上を目的とした活用が多く、特にクローズドスキルが求められる領域において多く導入されているのが現状です。

さらに、同調査では、回答者の97.8%が、体育におけるICT活用が有益であると認識しながらも、その半数以上が実際の活用に踏み切れていないこともわかっています。

ICTの導入も拡大し、効率的な活用は定着しつつある中で、協働学習の充実や情報共有・情報交換等交流の促進作用についての効果検証は事例が限られます。また柔道×ICTの先行研究は特に少なく、現時点では、高校柔道でのICT活用に着目した研究は依然として限定的であると思われます。

また本研究のターゲットとした高校1年次は、生徒にとって新たな学習環境や人間関係に適応する重要な時期であり、対話的で協働的な学びの基盤を形成する絶好の機会となるのではないかと期待しました。

このようなことから、本研究では高校入学年次の柔道授業において、これら2つの観点について学習効果を生み出すということを課題に、ICT活用の効果検証を目的としました。

ICTの役割は、運動情報の可視化・細分化や一瞬で変化する状況や展開の俯瞰的な抽出、または、教員からの指導・助言も含めた運動や課題の「分析」活動のフォロー、加えて、言語化して伝え合う活動を簡便にに行う支援と捉えています。多様に「分析」を充実させた授業実践は、「する」だけにとどまらない身体活動との多様な関わりを促し、協働学習の中での交流を活性化させ、学習の相乗効果を高めることができると考えます。

このように体育におけるICT活用は、学習者中心の授業デザインとして、相互的な「学び合い」のサポートツールとして考えていく必要があります。

本実践で導入したICTは映像分析アプリケーションの「SPLYZA Teams」です。協力校の生徒たちは入学直後からの活用が可能で、3年間使用します。この活用状況について研究データを抽出・分析することにより、成果を検証しました。

対象となる授業は、高校体育入学年次の男女共修選択種目である柔道、全14時間です。北海道の公立高校第1学年の選択種目受講者29名を対象としています。授業が行われたのは11月21日から2月12日ですが、生徒たちはそれまでに4月から10月にかけて球技の授業で既にSPLYZA Teamsの使用を開始しています。授業評価、運動有能感の調査として、授業前後でアンケートへの回答を求めました。

授業の主な内容は下表の通りです。柔道は身体接触を伴う競技であり、安全配慮と共に相互理解や状況把握が求められますが、実技中心の指導では自己や他者の動きを言語化したり、共有したりする機会が限定されがちです。そこで、柔道の実践場面を可視化、分析、共有することで、生徒が自己の動きを客観的に捉え、運動の言語化や他者との会話を促進し、自己理解、他者理解を深める新たな学びの形を模索することが重要であると考えました。

ICTの活用方法として、授業中に撮影された運動場面の動画を授業終了以降にSPLYZA Teamsのアプリケーション内にアップロードします。学習者はそれらの動画再生やタグ付け、コメント等の書き込みにより、自己や他者の技について課題発見、解決に向けた分析学習を行いました。

教師は「授業取り上げタグ」を使い、的確な視点での書き込みについて評価、相互評価を行っています。分析活動は次の授業当日の朝8時までに記入を完了させることとしていました。

授業内外でのICT活用による学習者の「分析」状況の観察評価を本研究では実施しています。体育施設内ではネットワーク環境の整備に課題があることも考えられますが、今回はリアルタイムで安定したネットワーク環境が確保できなくても問題なく導入できる活用方法を採用しています。

次に、映像分析の活用の変化についてです。

1回の授業に対する生徒の書き込み総数、1件あたりに換算した文字数、そしてそれらについて教員が授業で取り上げたタグをつけた件数を表示しました。第4回までの状況は生徒の書き込みの半数程度に教員が「取り上げたタグ」をつけ、いわゆるグッドマークやいいねをつけている状況が見受けられます。

しかし、第5回では63件の書き込みがあるにもかかわらず、教員が取り上げたタグをつけたのは8件です。これは分析の視点や気づきは増加しているものの、考察の内容が不十分で、もう1段階分析を深めさせようという教員からのアプローチもあったと考えられます。

それ以降の傾向としては、書き込み数は減少していますが、1件あたりの文字数が右肩上がりに増加しているのが確認できます。 9回目以降の授業内容はテストとなり、授業取り上げタグの活用はありませんでした。

学会会場では、第7回の授業を視察した時の様子を動画でご覧いただきました。生徒は、それぞれの運動場面での相手の状況や自分との関係性を判断して何をどう選択していくかなど、自身の思考を言葉にし、活発に対話しながら実際に動いていました。

次に、授業前後の運動有能感に関する結果です。特に女子に着目した結果をご紹介します。まず運動有能感の合計点では、経験の交流や学習者と運動課題との対話が生じ、学びがさらに深まる環境においてコミュニケーションが活性化していることが、より得点の増加につながっていると解釈できます。

前提として、授業担当教員との話の中で、柔道を選択する女子の傾向として、同時期に選択種目として行われている器械運動を受講している女子生徒と比べて、柔道を受講する生徒は、どちらかというと運動に対して苦手意識が強く、練習してもできるようにならない、うまくならないといった劣等感を抱いている傾向にあるようで、如何にそういった消極的な生徒の成長を促すかが課題でした。ただ、このICTの使い方は柔道にも適しており、自己の分析や課題の共有、それに伴う共感や他者理解が対面授業の中での成長の実感や上達を後押ししているのではないかといった実感があったそうです。

運動特性上、分析対象となる動画でも、相手が何をするか、技をかける側、受ける側の視点に立って振り返り、繰り返し分析を行うことが、自己理解や他者理解を深めていると考えられました。身体的有能さの認知因子では、器械運動群が減少傾向なのに対して、柔道群は1ポイント程度増加傾向を示しています。

特に顕著な差が現れたのが統制感因子ではないかと思われます。授業担当教員が感じたように、統制感に関わる項目については、柔道の授業前、器械運動群に比べ柔道群の方が低値でしたが、授業後にはより増加していることが確認できます。受容感因子についてはどちらの群においても微増という結果でした。

次に、授業後アンケートの選択項目5項目について確認しました。

  1. 柔道の授業は楽しかったか
  2. 柔道の知識や技能は高まったか
  3. 授業中に撮影した動画の視聴は柔道の学習に役立ったと思うか
  4. 動画への書き込みは柔道の学習に役立ったと思うか
  5. 柔道を活用した運動の分析は仲間とのコミュニケーションに役立ったと思うか
男子においては概ね「よく当てはまる」や「当てはまる」で肯定的な回答が得られていますが、女子においては「やや当てはまる」や「どちらとも言えない」という回答も目立ちます。

これは、受講生の中には全くツールを使用しない生徒が一定数いたこと、また女子では受講生数が少ないということもありペアワークやグループワークの際の交流相手が固定化されがちだったことが要因として考えられます。

次に、授業後アンケート自由記述では、具体的にどのような点で学習の役に立ったか、役に立たなかったかを確認しました。自由記述の回答からKH Coderを使ったテキストマイニングにより、共起ネットワーク図を作成し、「自分の動きを客観的に見て改善につなげる」、「次の試合や技を確認できた」、「それが研究や分析といった点で役に立った」という構図を読み取ることができました。

柔道×ICTに対して、好意的な意見を多く得られましたが、学習効果については個人差が生じていると考えられ、いかに受講者全員に取り組ませることができるかが今後の課題と考えています。

最後に本研究をまとめると、タグ付けにより授業の中核となるキーワードが提示され、授業を通してタグの出現と描き込みの増加や深化が見られました。教員による授業での取り上げタグの活用により、教員からの働きかけや助言が的確に強調され、分析の視点が明確化することにより、運動を言語化し伝え合う活動の円滑化が成立していたと考えられます。 さらに、授業内外で運用されたコミュニケーション機能の活用は授業の進行に伴って活性化し、生徒たちは動画と図示やテキストで思考を伝えやすく、直感的に理解しやすいと感じていたことから、対面での授業でも対話的な学びが増加した可能性が示唆されました。

このように、本実践は、柔道という伝統的かつ個別性の強い実技領域において、ICTを用いた「分析」と「対話的学習」を有機的に結びつけた点に新規性があり、運動の可視化・言語化を通じて、生徒の思考力や表現力を高められる可能性があり、効果的な実践として一定の成果が得られたと考えています。


■ 抄録

本研究は、高校入学年次の柔道授業において、映像分析ツール「SPLYZA Teams」を活用したICT導入による「分析」を通じて、生徒が自己や他者の動きを言語化し、対話的に学びを深めるプロセスを明らかにすることを目的とした。

近年、体育授業においてもデジタルツールの導入による学習効果の向上が期待されている。特に、高校1年次は、生徒にとって新たな学習環境や人間関係に適応する重要な時期であり、対話的で協働的な学びの基盤を形成する絶好の機会である。

柔道は身体接触を伴う競技であり、安全配慮とともに相互理解や状況把握が求められるが、実技中心の指導では自己や他者の動きを言語化し共有する機会が限定されがちである。そこで、柔道の実践場面を可視化・分析・共有することで、生徒が自己の動きを客観的に捉え、運動の言語化や他者との対話を促進し、自己理解・他者理解を深める新たな学びの形を模索することが重要であると考えた。柔道の選択授業(計14時間)では、生徒が「タグ付け」や「書き込み」を使って、自身や他者の技の映像を分析・共有する学習活動を実施した。

教師は「授業取り上げタグ」を使って的確な視点での書き込みについて共有・評価した。アンケートや自由記述から、分析活動が自己理解・他者理解を促進し、技術向上や学習意欲につながっていることが明らかとなった。また、言語化されたフィードバックを通じて生徒間のコミュニケーションが活性化し、柔道の学習が一方通行でなく協働的なプロセスとして構築されていた点が注目される。

本実践は、柔道という伝統的かつ個別性の強い実技領域において、ICTを用いた「分析」と「対話的学習」を有機的に結びつけた点に新規性がある。運動の可視化・言語化を通じて、生徒の思考力や表現力を育成し、主体的・対話的な学びを実現する実践は、今後の体育科教育におけるICT活用のモデルとなることが期待される。

▼大阪教育大学 表現活動教育系 橋元真央 准教授の研究者情報はこちら
https://researchmap.jp/mao_hashimoto